平日6時から午後8時まで働くサラリーマンの僕が起業を始めて、今に至るまで

こんにちは、イッサです。
今日は、僕が起業を始めて、今に至るまでを書きたいと思います。

当時の僕は、平日6時から午後8時まで働くサラリーマンでした。
だけど、僕は会社に入門するだけで15分もかかっていた。

会社に入るとき、ICカードで「ピッ」とタッチが必要だった
のですが、肝心のICカードを車に忘れ、駐車場に15分かけて戻る
・・・という状態が2日に一回ぐらいあった。

深刻な物忘れは、以前の職場で受けたパワハラ
の後遺症が原因だった。

いつも人間不信状態なので、緊張して注意散漫。
自分の無力さから、無気力になり、周りを信用
できない状態が続いた。

注意散漫気味で、物忘れやミスもひどかった。
こんなひどい状態なので、当然仕事にも影響が出ていた。

簡単な足し算や誤字脱字が特に多く、最初に作った資料が、上司にこっそり直されていた。「僕の責任になるから直しとくよ」といつも言われた。

こんなひどい状態だったので、当然昇給しないし
大した仕事ももらえない。
パワハラ後は、1日中エクセルを入力する仕事ばかりだった。
他部署との折衝なども禁止されていた。

延々とパソコンの入力作業を10時間続け
誰ともろくに挨拶もせず、会社を後にする。

家に帰っても、話し相手もおらず、飯もコンビニ。

郵便受けのポストには、友人からの結婚のお知らせ。
それと同時に、給料安くて退職する人がいた。

同期はいつの間にか誰もいなくなり
退社した人の仕事の穴埋めで残業時間は年々増えていった。

上司は、僕より全然仕事できる優しい人で、早く働いて
遅く帰っていた。

会社の拘束時間は増える一方で、こんな僕でも給料もそれなりに増えた。
だけど、僕は、激しくつまらなかった。
お金はそこそこ溜まっても、時間に余裕はないし
自分のパフォーマンスを発揮できなかったからだ。

郵便受けにあった結婚のお知らせのはがきを見ながら
「どこで人生間違えたんだろ。俺。仕事で稼ぐために
勉強も大学院まで頑張ったし、一生懸命やっているのに」
と悲しくなる日々。

・・・家で一人になると、社会で活躍し、幸せそうな大学時代の
同期達と比べてしまう。

そんな自分がみじめなので、30代になってからは
結婚式、同窓会には出席するのはやめた。

もう、人とは比べられたくないし、比べたくない。
悲しくなって、睡眠薬を飲んで朝5時に起きる毎日。

そんな中、会社の昼休みになると、周りの先輩たちは
住宅ローンの返済で苦しんでいる話をよくしていた。

彼らのお昼は素うどん130円で、お茶は持参。
昼食におかず1品増やすことも奥さんに許されず
お小遣いも1日500円もない生活。

年収600万以上超えているはずなのに
すごーく働いていて、出世もしているのに
どうして、こんな惨めな生活をしているのか・・・

僕は、全然理解できなかったし
彼らのような生活を送る自信がなかったし
なによりつまらなそうだった。

こんな会社にいても、俺は幸せになれない・・・

現実を知った僕は、たまに実家に帰ると
親や親族に会社辞めたいと言うようになった。

すると、家族総出で「大学院まで出ていい会社出ているのに・・」
と止められた。僕が、会社の実情を話そうとすると父が
「こんなにいい会社、他にないんだぞ!」
と怒鳴りながら、俺の話を遮ってきた。

僕を理解してくれる家族は誰一人いなかった。

「俺の現状なんて誰も知らないくせに・・・」

と捨て台詞を吐きながら、居酒屋をはしごし
路上で大声でバカヤローと叫びながら、家に帰った。
そして、誰かに助けを求めないと駄目だと思った。

やがて
「なんとかスキルアップしないと・・・」
と思うようになり、いろんなサイトを探してみた

すると、月収200万かせぐ起業家なるブログを見つけた。

彼は就職人気ランキング常連の誰もが憧れる企業
に入ったにもかかわらず、鬱気味になり、起業したらしい。

大企業とは言われながらも、人気ランキング底辺の会社
に勤めている僕から見ても、その会社はうらやましかった

なんでこいつ、やめたんだ・・・
疑問に思いつつ、ブログを読んでいくと

普段は、億単位の社長と付き合ったり、働かずとも
お金が入ってくるらしい

すげー、こんな欝状態でも起業できるのかー

抗うつ剤も後遺症もあった僕は、実在するかどうかわらず
このままやっても自分死ぬだけでロクな人生送れないし
と悲観しながらも、わずかな可能性を頼りに
コンサルを申し込むことにした。

・・・・指導を受けて1年以上経過し
僕は、会社と抗うつ剤をやめることができ
全く違う人生を歩むようになった。

まず、人と自分を比べなくなった。

コンサルを受けた時、僕は既に30代で
20代の人ばかりだった。

しかも、僕は全然結果も出ず、全く優秀ではなかった。
下の下ぐらいだ。

そんな超残念レベルの僕だったが
なんとか会社員人生をやめて
劇的に変えることに成功した。

コンサルを受けたおかげだと思う。

辞めた後は、かつて田舎に住んでいたけど
同じ場所に住むメリットが全くないので
街中のマンションへ拠点を移した。

お世話になったiphoneの目覚ましは
今や全く使わなくなった。

通勤しないから、車は捨てた。

自分で車を運転するのがめんどくさい時は
タクシーを1日借り切り、仕事仲間に会いに行ったりしている。

よくやるのが、スタバで待ち合わせし軽く1杯飲んだ後、昼食のフレンチをとりながら、友人の社長と商談をし、お互いの車の話をしたりする
パターンだ・

友人の社長と言ってもそいつとは、同じ学校、同じ会社にいた
腐れ縁でレトロな車を改造するのが好きらしく
スポーツカーを3台乗り回しているらしい。

かという僕も車は3台持っていて
気分に合わせて乗っている。

僕がかつて乗っていた軽自動車は、うるさくてカスカスで
安っぽいので好きではなかった。

だけど、知り合いの車マニアに
「本体のお金2倍かければ、こんなに便利なものないっすお」
と言われ、防音性や静粛性をMAXにして
他にも魔改造したものを乗っている。

しょせん、軽自動車だろ・・・

とあなどっていたが、新幹線並みに静かで屋外で
コンサルの解説動画とか、屋外キャンプの時のカラオケ
とか更衣室になったりと結構使えたりして役に立っている。

移動する個室って感じだ。
車中泊とかもしたことがある。

かつての僕だったら、改造して軽自動車なんかにお金を払わなかった。
コスパ重視しかも見栄っ張りなので、アルファードとかクラウンとか
高級車で快適な乗り物を買っていたと思う。

だけど、いつの間にかメリットで判断するようになってきた。

そんなくだらない車の話を平日の真昼間に3時間ほどして
ちょっと経つと知らぬ間に、夜になっていた。

僕は、夜は絶対外食と決めていて、友人の経営者達や
あうのが初めての人と商談をしまくっている。

この前は、受託開発のビジネスの海外展開の話を
しつつ、某国のビジネス商習慣について、3時間ほど盛り上がった。
日本の食事はおいしいので、某国の人の商談には最高らしい!

そんなこんなで夜遅くに家に帰ると、家族がいて、今日あったこと
を話し合ったりする。

主に話すのは、ビジネスと株の話だ。
僕の家は、投資家一家で最近は投資にはまっている。

3世代で暮らしているのだが、ご老体も始めるようになり
投資はボケ防止にもつながるらしく、元金出した僕は
いつも感謝されている。

こんな生活を実現できたのも、僕がビジネスをやろう、人生
大逆転してやろうと思ったからだ。

だから、みなさん。

病気やうつでもあきらめずに正しい努力をすれば
必ず人生逆転できます。

こんな僕でもできたのです。

これを読んで、多くの人に希望を与えられたら
幸いです。